「愛してるって思いっ切り叫んでみてよ!」

バイクの騒音に負けないように大声で、俺にしがみつかれた吹雪さんは高らかに要求した。ベージュの丸っこくて可愛いヘルメットの下で、長い襟足が風に靡いている。鼻先を掠めるシャンプーの匂いに少しだけくらっとしたが、よく考えてみれば、俺がドラッグストアで買ってきたお徳用詰め替えタイプのシャンプーだ。一緒に住んでるんだから。

「はあ?」

そしていつも通りのぶっ飛んだテンションと発言に思いっ切り顔をしかめた。まさに、DAで俺の一つ年上で一つ後輩だった頃から成長が見られない。これでプロだってのが何とも言えない気持ちにさせる。いや、決闘の腕とパフォーマンスは文句の付けようがないのだ。普段がこうでさえなければ完璧なのに。まあこの人が完璧だったら、俺は仲良くなんてなれなかっただろうし、俺と同居なんてこともしなかっただろう。

「今なら叫んだって半分くらいにしか聞こえないんだから良いじゃないか!」
「良くねえ!そもそも愛してない!」
「ツンデレかい?」
「デレてねえよ!」
「ふうん。愛してる相手が僕だなんて指定しなかったのにね!」

腹が立つ。この年上の余裕を見せ付けるような態度にはいつまで経っても慣れそうにない。こんな時はあれだ、大人気なかろうとやり返してやるしかない。車道に平行して続く海岸線へと大きく息を吸って、いちにのさんはい。

「明日香ちゃん愛してるううう!」
「ちょ、何だい!?」
「この世の真理だろ!」
「駄目!色々と駄目!」

狼狽える吹雪さんにこっそり溜め息を吐いて、俺より一つ年下の金髪の女の子に想いを馳せた。天上院明日香ちゃん。この変人の妹で、在学中はDAの女王として知られていた。今はアメリカに留学しているが、帰国の度に吹雪さんを通じて会っている。友達に自慢してやりたい。なんたって明日香ちゃんは俺たちのアイドルだったのだ。あの美しさに決闘の強さ、性格の良さや気の強さに惚れ込んだ友人が何人いたことか。その上、あの兄と対照的に常識人なのである。中学生の頃初めてまともに話した時に、吹雪さんの奇行に頭を悩ませる明日香ちゃんの愚痴で盛り上がったことに切なさを覚えた。いや、別に今更お近付きになりたいとかそういうことは考えていない。今でも俺には勿体ないお友達なのだ。それに、明日香ちゃんを好きになることを吹雪さんは絶対に許さない。シスコンも此処までくるとちょっと異常だし、恋の魔術師を自称してた癖に…と思わなくもないのだが、「君を弟にする気はないよ!」と真剣に言われてしまってはどうしようもないし、そもそも明日香ちゃんと俺なんて釣り合わない。それに俺だってこんな兄はいらない。

「そもそもあんたと住んでから恋人なんか一切出来なくなったんだけど!」
「だって要らないじゃないか!」
「要る!大学生舐めんな!」
「僕がいるのにわざわざ女の子と付き合う必要ないだろう!」
「あんた俺が構ってくれなくなんのが嫌な訳!?」
「よく分かったね!偉い偉い!」
「恋しろだの言ってた癖に何ほざいてんだこのブリザードプリンスが!」
「君が僕に恋すれば万事解決さ!」
「…は!?」
「これでもくんのお嫁さんになろうと頑張ってるんだよ!」
「待てよおい」
「料理は出来ないけど掃除と洗濯は出来るしね!いざとなったらお手伝いさんでも雇おうか!」
「だからちょっと待て」
「だからあとは君が僕を好きになれば丸く収まる!」
「待てっつってんだろ聞けよ馬鹿!バイク停めろ!」

泣きながら運転とか事故ったらどうすんだ、と道路の端で停車した吹雪さんに呆れて呟くと、当の本人はいつも通りの爽やかな笑顔で振り向いた。俺は腰にしがみついた腕を下ろして、可愛らしい割に似合っているヘルメットの中身をじっと覗いた。目が赤い。生憎涙は流れていないが、この人の器用さは知ってる。むしろ不器用なのかもしれない。俺の前で泣きたくないのだろう。

「冗談だし泣いてないよ」
「冗談ならなんでそんな泣きそうな顔してんだ」
「花粉症さ!」
「へー初めて聞いた、で?」
「やだなあ、真に受けないでよ」
「誤魔化すな」

沈黙が訪れる。緊張状態を壊すつもりで、好き勝手宣言し続けた背中震えてたことを指摘すると、ようやく諦めたのか、苦笑いで俺が好きだと告げた。俯く吹雪さんのヘルメットを外すと、困ったように俺を黙って見上げてくる。

「泣きたきゃ泣けば良いだろ。俺が運転するから」

柔らかい髪をぽんぽんと叩くように撫でると、急にバイクが傾いた。吹雪さんが降りたのだ。側でハンドルを握って立っているとは言え危なっかしい。でも怒るに怒れず、俺も一度降りて、席を交代した。正直に言うと、この人より運転が下手だからあまり二人では乗りたくない。しかし今日だけはしょうがない。

「ほら、メット被って腰捕まる」
「なんで優しくするんだい?」
「なんでって」
「期待させないでよ」
「あのさあ、俺は自分があんたのことそーいう風に好きなのかはよく分かんねえけど、告られたくらいで嫌いになる程薄っぺらい付き合いしてきたつもりはねえよ」
「ん…」
「あー…だからうちから出てくとかもお互いナシだからな。告られて嫌じゃなかったし。愛が重いとは思ったけど」

バイクのハンドルを掴んで一通り確かめると、腰にしがみつかれて背中に思いっ切りアタックされた。それもヘルメットに。痛えよ馬鹿。でも仕方がないから、今日だけは我慢してやろう。海岸に着くまでの辛抱だ、たまには甘やかしてやらないでもない。馬鹿で我が儘だけど自分を二の次にするこの人が可愛くて仕方ないのだから仕様がない。モーター音に支配されそうな聴覚が、大音量でハイテンションな叫び声を拾った。

くん愛してる!」
「はいはい」






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