あああつうういいいい、とはこの世の果てでも到来しそうな喚き声を上げながら脚をばたばたさせた。その様子に遊星は眉尻を下げ、たしなめる。しかしその内に彼女の脚がパソコンのデスクに当たってがんがんと音を立て始め、流石に不味いと思ったのか、遊星は軽く彼女の頭を叩いた。不満そうに顔を顰めたが振り返る。

「暑い!」
「夏なんだ、仕方がない」
「いや夏とかそういう問題じゃない」
「クーラーは電気代がかかるからクロウに止められているんだ。我慢してくれ」
「だからもっと根本的なことだってば」
「アイスを食べれば少しは涼しくなる」
「あんたが離れれば済むって話でしょ馬鹿あああ!」

外の気温が30度を記録する中、ガレージの中では湯立ちそうになっていた。パソコンを弄る遊星の脚の間に抱えられているのである。背中からはへばり付いた遊星の体温が伝わってくるし、室内だって十分暑い。手に持ったアイスのカップの中身もだんだん溶けてきた。せめて遊星が離れさえすれば、暑くとも持ちこたえられる程度で済む。それは再三言っているのだが、遊星は聞き入れず、彼女の両側から腕をキーボードへと伸ばし、抜け出せないようにしているのだった。

「誰か帰って来ないかなあ」
「折角二人で過ごしているのに何を言っているんだ」
「暑さで頭沸いてんじゃないの?」

米神をひくつかせながらも落ち着こうと、は溶けかかったアイスを口へ運ぶ。目の前のパソコンの画面から文字が流れていくのを漠然と眺めているが、何をするためのプログラムを遊星が作っているのかを彼女は知らなかった。というよりも、真面目に作業をするのなら自分を退かした方が捗ると思っているし、差し入れに買ってきたアイスを冷凍庫から持ってくるくらいはするつもりである。そう考えながら、アイスをちまちまと食べいたら、急にスプーンを持った右手を掴まれた。

「何?」
「一口くれないか?」
「良いけど」

の答えを聞く前から、遊星は自分の手を重ねた右手を後ろへと引っ張る。上手くスプーンからアイスを落とさないように口まで持ってくると、満足そうに頬張った。

「スプーンだけ持ってけば良いでしょうに!零すかと思った!」
「俺はそんなに不器用じゃないぞ」
「あーはいはい」

は呆れて適当に受け流しながらも、残り少なくなったアイスを片付けていく。その後ろで唇を舐めながら、遊星は再びキーボードへと手を伸ばした。一定のリズムでキーが音を奏でる。遊星にとっては暑さなどどうでも良く、それよりも自分がと密着している貴重な時間を堪能することが最優先事項であった。普段ならば仲間達から好奇の視線を向けられるが、今日ならば自分達の他は皆外出しており、とこうして珍しく恋人らしい過ごし方が出来る。この機会を逃すわけには行くまいと必死だった。逆には。暑いのはもちろん嫌だが、遊星がWRGPを控えて忙しくしているのを邪魔することを望んではいなかった。実際のところ、こうして彼女を抱え込んでいても、遊星に支障はないのだが。そして、遊星と二人で過ごせることを内心ではものすごく喜んでいるのだが、それを素直に口に出せるような性格ではない。この体勢もすごく恥ずかしい。暑いのを差し置いても。数秒間考えた挙句、意を決したように、は遊星に凭れ掛かった。驚いて少し挙動不審になった遊星の腕を軽く引っ張り、外出することに決めた旨を口にした。

「遊星、それ一段落したら外行こう」
「暑いのに?」
「かき氷食べたい。暑いから出掛けんの」
「かき氷か…昔マーサが夏になると作ってくれた」
「何味?」
「牛乳をかけて食べていた」
「おいしかった?」
「ああ、牛乳が好きだからな。ジャックはシロップが掛かっていないと食べなかった」
「ふうん、苺ミルクなら分かるけど、牛乳だけって…遊星らしいと言えば遊星らしいけど」
「苺ミルクか、じゃあ俺はそれを食べる」
「一口ちょうだい」
「いくらでも食べさせてやる」
「あーんとかしなくて良いから」

するりと遊星の足元から滑り出るように抜け出したにも、自分がやろうとしていたことをやる前から断られたことにも少しショックを受け、遊星は無表情気味な顔を凍らせた。その後無理矢理決行した上に、双子にその光景を目撃され、がひどく憤慨することになるが、今の二人は知る由もない。



(100622)