ちゃんが僕をどう見てるかなんてとっくの昔から分かってた。面倒見の良い先輩というか、年上の同級生だ。お兄ちゃんみたいなものだろう。或いは、最も仲の良い異性。それに対して、僕にとってのちゃんは、明日香と同じくらい大切な女の子で、あの子にとっての誰よりも近い位置を欲しがっていた。というか、今だってまだ好きだ。横から掠め取られたって、二年間の恋が褪めたりはしない。きっとちゃんは気付いてくれないだろうけど。

ちゃんを好きになったのは、セブンスターズの一件から僕がアカデミアに戻ってきてすぐだった。万全の体調を取り戻して、学生生活を再開して早々に、僕は女子生徒に囲まれるようになった。恋する女の子はみんな可愛い。みんなのアイドル天上院吹雪としては、僕を慕ってくれる女の子たちは大事にしなければならない。ん〜JOIN!の決めポーズをやって見せれば、皆が皆、歓声を上げてくれるのだと思っていた僕は、期待の籠もった視線を裏切らずにやってのける。ちょうど通り掛かった明日香に冷ややかな顔をされた。妹としては兄がこんなにモテてたらあまりいい気分じゃないよね。嫉妬なんて我が妹ながら可愛いじゃないかあすりん!まあ良い、あすりんのことなら別にいくらでも語る時はある訳で、僕はちゃんの話をしてるのだ。

その時、明日香の隣にいたのがちゃんだった。ちゃんは結構普通の子だし、明日香みたいに目立つ子じゃなかったから、きっとこの時にインパクトのある行動をしてなければ、僕は彼女と親しくなろうとはしなかっただろう。爆笑していたのだ。お腹を抱えて、目尻に涙を溜めて。僕はびっくりしたし、明日香は残念そうに「あれが私の兄さんよ」と彼女に伝えていた。

「だってあの決めポーズはないですよ、十八にもなって」と後日話し掛けた時、彼女は笑った。「ああでも、万丈目も同じようなもんか」と続けて一人で納得する。万丈目サンダーとアイドルの僕を一緒にされたの心外だ。でも、少し気になっていた女の子が楽しそうなので我慢した。

「明日香のお兄さん、顔は明日香に似てますね」
「それは光栄だ。可愛い明日香に似てるなんて誇り高いよ」
「性格は全然似てないですけど。ていうか、お兄さんが自由人だから明日香がしっかりしたんですかね」
「それって褒めてるのかい?」
「いや、褒めてないですけど」

ずばずば物を言う子だと思った。初対面の僕に対しても、ん〜JOINが笑いの壺に嵌ったからなのか、明日香の兄だからなのか、遠慮がなかった。そういった点から見ても僕にとっては毛色の違う子であり、そして友達の兄としか僕を認識していない所に好感が持てた。特待生でも、失踪した生徒でも、皆の王子様でも、愛の伝道師でも恋の魔術師でもなく、只の天上院兄。そして、ちゃんに、明日香の兄ではなく天上院吹雪として見て貰いたくなって、僕は彼女へのアタックを開始したのだった。

「それを僕に言ってどうするんだ?僕は先輩の恋人だぞ?」
「恋人の君でも知らないちゃんを僕が知ってるっていう優越感に浸りたいのさ」
「それは勝手だが僕を巻き込まないでくれ」
「だって君、仕事なくて暇なんでしょ?ちゃんは用事あるんだし」
「だからって僕のクルーザーに押し掛けるな」

晴れてちゃんの恋人に昇格したエドくんは現在無職だ。というかただの学生になった。しかし時間が有り余っていても、ちゃんは進路のために忙しく駆け回っているのだから、良い気味だと僕は思っている。きっとちゃん、エドくんには何も話してないんだろうなあ、と考えると、よく相談を受ける僕は嬉しくなった。それと同時にすごく苛立った。あの子はあんなに頑張ってるのに、君は此処で何をしているんだい、なんて。言わないけどね。

「さてと、僕は喋りたいだけ喋ったから行こうかな」
「ふん、さっさと女子生徒の群れに帰れ」
「やだよ、ちゃんに会いに行くんだから」
先輩は忙しいんだから邪魔をするな!」
「はいはい」



「大分お疲れのようだね」

購買で買った百円の紅茶のパックをちゃんの頬に当てると、彼女はお礼を言って受け取ってくれた。最近のちゃんは探さなくてもよく食堂にいて、書類を書いたり面接の用意をしたり、就活の準備をこなしているのだ。彼氏のクルーザーじゃなくて此処でやってくれている限りは、僕が近付ける。邪魔をしない程度に、だけど。

「さっきエドくんに会ったよ」
「元気でしたか?」
「うーん、暇そうだった」
「そっかあ」

悩ましげに眉根を寄せ、紅茶のパックに挿したストローを吸う彼女を見て、悔しくなった。そんなに辛い思いをするなら、別れてしまえば良いのに。そして僕がちゃんの新しい彼氏になるんだ。とは思ったものの、僕もプロ行きが決まってしまったし、当初の彼女の目指していた道に進ませてあげられない。

「今ならプロリーグに就職出来るんじゃない?」
「駄目ですよ、今からじゃあもう間に合わないから」
「ふぅん。一度しっかりエドくんと話し合ったら?」
「折角エドに休暇が出来たんだから休ませてあげたいと思ってるんですけど…」
「それがちゃんなりの気遣いだってのはよく分かるけど、中途半端なままでいるのはお互いに良くないよ」

まあ、それで1になるとも0になるとも言い切れないけれど。内心、0になってくれた方が喜ばしいと思っている僕が、本当にちゃんの幸せを願っているのか疑わしい所ではある。

「吹雪さん」
「ん?」
「あたしが今ちゃんとエドのことを考えられるのは、ずっと吹雪さんが相談相手になってくれてるからなんですよ」
「恋の魔術師冥利に尽きるね」
「だけど、半端なまんまにしてるのは、吹雪さんに甘えてるだけなのかもって」
「そう?僕はそう思ってなかったけど。甘えてくれてるなら嬉しいし」

もっともっと僕だけに甘えて懐いてくれたって良いのになあ、とは流石に言わないけど、後にも先にも、彼女が一番に相談しに来てくれる相手が僕だったらこれ以上嬉しいことはない。まあ、亮が片思い中のちゃんの親友を差し置いてってのは些か難しいかもしれないけれど。言葉に詰まって少し悩む彼女を微笑ましく見守っていると、言いにくそうにゆっくり口を開いた。

「本当はちょっと喧嘩したんです、エドと」
「喧嘩?」
「あたしが吹雪さんと仲が良いのが気に食わないって言われて」
「愛されてるってことさ」

だと思った。二人ともピリピリしてるんだもん。良くも悪くも、僕がエドくんに嫌がらせしてきたのが功を成すんじゃないだろうか。苦しんでる女の子を迎えに来ないなんて王子様失格だよ、さっさと来ないと僕が役柄交代しちゃうよ、なんてメールでもしてやりたいけど、生憎僕は彼のアドレスを知らない。それにそこまで世話焼きでもない。そもそも僕がそんなことしなくたって、彼は今頃必死にアカデミアの中を駆け巡っていることだろう。愛しのちゃんを探し回って。

「何より、僕と君の彼氏はライバル同士だからね」
「ライバルって?」
「エドくんを待つのが嫌になったら、いつでもちゃんを僕が受け止めてあげるってこと」
「はい?」
ちゃんが笑ってくれないなら、僕が譲った意味がない」

そう言って大人っぽく笑ってみせた。彼女は見るからに困惑している。そういえば僕、アイドルは一人の女の子に独占されたりしない、なんて調子の良いこと言ったんだっけ。本音を言えば、ちゃんに独占されないなら誰のものにもなりたくないってことなんだけどな。

「じゃあまたね」
「吹雪さん!」
「今日はこれから亮に会いに行く予定なんだ」

席を立って、僕を見上げる彼女の前髪にキスをした。君は気付いてないだろうけど、食堂の入り口から息を切らせた彼氏が僕たちを見てるんだよ。だから僕なりの喧嘩の売り方をしてやったのさ、なんて正直ちょっと格好悪いなあ僕。

その後、すれ違ったエドくんの頭を撫でてやったら叩き落とされたことを亮に話したら、馬鹿にするような冷ややかな目で見られた。亮だって相当歪んだ恋愛観を持ってる癖に。





(100619)