ちゃんが僕をどう見てるかなんてとっくの昔から分かってた。面倒見の良い先輩というか、年上の同級生だ。お兄ちゃんみたいなものだろう。或いは、最も仲の良い異性。それに対して、僕にとってのちゃんは、明日香と同じくらい大切な女の子で、あの子にとっての誰よりも近い位置を欲しがっていた。というか、今だってまだ好きだ。横から掠め取られたって、二年間の恋が褪めたりはしない。きっとちゃんは気付いてくれないだろうけど。 「大分お疲れのようだね」 購買で買った百円の紅茶のパックをちゃんの頬に当てると、彼女はお礼を言って受け取ってくれた。最近のちゃんは探さなくてもよく食堂にいて、書類を書いたり面接の用意をしたり、就活の準備をこなしているのだ。彼氏のクルーザーじゃなくて此処でやってくれている限りは、僕が近付ける。邪魔をしない程度に、だけど。 「さっきエドくんに会ったよ」 「元気でしたか?」 「うーん、暇そうだった」 「そっかあ」 悩ましげに眉根を寄せ、紅茶のパックに挿したストローを吸う彼女を見て、悔しくなった。そんなに辛い思いをするなら、別れてしまえば良いのに。そして僕がちゃんの新しい彼氏になるんだ。とは思ったものの、僕もプロ行きが決まってしまったし、当初の彼女の目指していた道に進ませてあげられない。 「今ならプロリーグに就職出来るんじゃない?」 「駄目ですよ、今からじゃあもう間に合わないから」 「ふぅん。一度しっかりエドくんと話し合ったら?」 「折角エドに休暇が出来たんだから休ませてあげたいと思ってるんですけど…」 「それがちゃんなりの気遣いだってのはよく分かるけど、中途半端なままでいるのはお互いに良くないよ」 まあ、それで1になるとも0になるとも言い切れないけれど。内心、0になってくれた方が喜ばしいと思っている僕が、本当にちゃんの幸せを願っているのか疑わしい所ではある。 「吹雪さん」 「ん?」 「あたしが今ちゃんとエドのことを考えられるのは、ずっと吹雪さんが相談相手になってくれてるからなんですよ」 「恋の魔術師冥利に尽きるね」 「だけど、半端なまんまにしてるのは、吹雪さんに甘えてるだけなのかもって」 「そう?僕はそう思ってなかったけど。甘えてくれてるなら嬉しいし」 もっともっと僕だけに甘えて懐いてくれたって良いのになあ、とは流石に言わないけど、後にも先にも、彼女が一番に相談しに来てくれる相手が僕だったらこれ以上嬉しいことはない。まあ、亮が片思い中のちゃんの親友を差し置いてってのは些か難しいかもしれないけれど。言葉に詰まって少し悩む彼女を微笑ましく見守っていると、言いにくそうにゆっくり口を開いた。 「本当はちょっと喧嘩したんです、エドと」 「喧嘩?」 「あたしが吹雪さんと仲が良いのが気に食わないって言われて」 「愛されてるってことさ」 だと思った。二人ともピリピリしてるんだもん。良くも悪くも、僕がエドくんに嫌がらせしてきたのが功を成すんじゃないだろうか。苦しんでる女の子を迎えに来ないなんて王子様失格だよ、さっさと来ないと僕が役柄交代しちゃうよ、なんてメールでもしてやりたいけど、生憎僕は彼のアドレスを知らない。それにそこまで世話焼きでもない。そもそも僕がそんなことしなくたって、彼は今頃必死にアカデミアの中を駆け巡っていることだろう。愛しのちゃんを探し回って。 「何より、僕と君の彼氏はライバル同士だからね」 「ライバルって?」 「エドくんを待つのが嫌になったら、いつでもちゃんを僕が受け止めてあげるってこと」 「はい?」 「ちゃんが笑ってくれないなら、僕が譲った意味がない」 そう言って大人っぽく笑ってみせた。彼女は見るからに困惑している。そういえば僕、アイドルは一人の女の子に独占されたりしない、なんて調子の良いこと言ったんだっけ。本音を言えば、ちゃんに独占されないなら誰のものにもなりたくないってことなんだけどな。 「じゃあまたね」 「吹雪さん!」 「今日はこれから亮に会いに行く予定なんだ」 席を立って、僕を見上げる彼女の前髪にキスをした。君は気付いてないだろうけど、食堂の入り口から息を切らせた彼氏が僕たちを見てるんだよ。だから僕なりの喧嘩の売り方をしてやったのさ、なんて正直ちょっと格好悪いなあ僕。 その後、すれ違ったエドくんの頭を撫でてやったら叩き落とされたことを亮に話したら、馬鹿にするような冷ややかな目で見られた。亮だって相当歪んだ恋愛観を持ってる癖に。 |
(100619)