Where Do I Have To Be ?




日本人であるわたしは儚いものが美しいという観念を持っていた。散ってゆく花だとか、一週間で命を燃やし尽くす蝉だとか、そういうものを美しいと感じるのは、そう育ったからであり、血であり、民族として組み込まれた意識であった。エジプトには蝉がいないし、DIO様の故郷であるイギリスにもいない。アメリカにはいるのに。だからわたしは、夏には少し疎ましくも馴染み深いあの声が聞こえないことが少し寂しかった。雨だってそんなに降らない。日焼けすると痛くなるから、日傘と日焼け止めは欠かせない。夏なのに半袖もノースリーブも着れない。かき氷やラムネが恋しい。かと言って、日本に帰りたいのかと訊かれれば、わたしは首を横に振る。DIO様がいない場所に行く方が、慣れない夏を過ごすよりも苦痛なのだ。

「暑い」
「そうか?」
「DIO様は昼間に外に出ないから分からないんですよ」
「それならお前も昼間に外出出来ないようにしてやろうか」
「結構です。そうなったら誰が買い出しに行くんですか」
「テレンスだな」
「まあそうですけど、メイドのわたしが必要なくなるってことですよ、それ」
「夜でも掃除は出来るだろう」
「掃除だけじゃヴァニラに文句付けられます」

空調の整えられたベッドルームのソファーに俯せに寝転がって、頬杖を付いて脚を肘掛けに乗っける。DIO様の部屋じゃなきゃこんなことは出来ない。エンヤ婆にははしたないと怒られ、ヴァニラには目に毒だの目が腐るだの罵られ、ホル・ホースはにやにやしながら主に脚の辺りを見てくる。スタンド使いでもないメイドごときが仕事もしないで寛ぐために皆の主の部屋に入り浸るなんて、背後からでもなく真っ正面から攻撃されて終わりにでもなりそうだが、生憎DIO様にも許可されているのだからそうはいかない。別に、掃除だって買い出しだってペットショップの餌やりだってしているのだから、ちょっと位休憩したって良いだろう。DIO様はテーブルを挟んだ向こう側のソファーで脚を組んでふんぞり返って、わたしが淹れた紅茶を飲んでいる。イギリス人だから紅茶に煩いこの人に散々しごかれたせいで、今のわたしはそこら辺の喫茶店の紅茶よりも美味しいものが出せるようになってしまった。

「お前が故郷を懐かしむとは珍しい」
「虹村に会ったんですよ。梅干し持ってきてもらいました」
「ほう……あの酸っぱいのか」
「ジャパニーズ・アプリコットとか言うらしいです」
「わたしの口には会わん」
「白米と一緒に食べると美味しいんですよー?おにぎりの具にしたり、お茶漬けも良いなあ。テレンスに炊いてもらおう」
「庶民め」
「メイドなんて庶民です」
「ふん、この際大人しくわたしの血で吸血鬼になれば良かろう」
「日光浴びられないなんて不便すぎるんですってば」

今日のDIO様は何を話しても、わたしを吸血鬼にすることに話題を持って行きたがるようだ。快適に過ごさせて頂いてる分、気紛れに付き合わなくてはならないとは思うが、わたしを吸血鬼にして何か利点があるのかを考えてみても何も思い浮かばない。むしろ無駄だ。無駄すぎる。他人の血を吸うなんて嫌だし、完全夜型も嫌だ。長生きしたいとも思わない。多分、DIO様が単に面白そうだと思ったからなのだろうが、振り回されるこっちの身にもなってほしい。わたしが死んだってなってくれないだろうけど。

「不老不死の身にすれば、お前を手元にいくらでも置いておけると思ったのだがな」

そう言って、白い肌に浮かんだ毒々しい程赤い唇を歪める。血色が良いと思ったら、食事を終えたばかりだったらしい。あーあ、片付けるの面倒臭いんだよなあ。カーペットに血の染みも付いちゃうし。

「そういうの、他の女に言ってあげた方が喜ばれますよ」

マライアとかミドラーとか、と指を折りながら名前を挙げていくと、向こう側のDIO様がソファーの肘掛けの傍、つまりわたしの目の前に立っていた。移動していることに全く気が付いていなかったわたしは、小さく悲鳴を上げて、不機嫌そうにわたしを見下ろす真っ赤な目を恐る恐る見上げた。威圧感に冷や汗が出て、ごくりと生唾を飲み込んだ。うっかり怒らせてしまったのだろうか。洒落にならない。

「だってわたしなんて」

気不味さに耐えられなくなって口を開いたら、うっかりそんな言葉が出てきてしまった。しかもDIO様が胡論気な目で続きを促すから、必死にその先の言葉を考えねばならなくなった。わたし、DIO様のお友達の神学生の人みたいに頭が良い訳じゃないのに。

「わたしみたいな特に何もない女、DIO様の役にも立たないでしょう?」
「お前はメイドだろう。わたしの世話をしているではないか」
「それに日本人ってのは儚いものに趣があるって感じるんですよ」
「つまらん奴め」

DIO様は前髪をかき上げながら、眉を潜めて大仰に溜め息を吐く。その仕草がいつもの不遜な態度と違って、何処にでもいる少し我が儘な青年のようで、わたしの頬は緩んだ。それにむっとしたのか、DIO様は両手をわたしの頬に伸ばして、摘まんで引っ張ってきた。地味に痛い。ひおひゃま、と不明瞭すぎる発音で訴えかけると、間抜け面、で一蹴されたが、手は離して貰えた。

「そんなに吸血鬼にしたいなら、無理にでもすれば良いのに。DIO様らしくない」

再び怒らせるのを承知の上で呟くわたしは決して被虐趣味ではない。だけど、腹を立てることでDIO様の意識の全てがわたしに向くのなら、それでも良いかもしれない。細めた目から今視線を逸らしたら、きっとDIO様のわたしに対する興味は尽きてしまう。

「あんまり期待させないで下さいってことです」

ぶっきらぼうに言い放つと、次にわたしはDIO様の膝の上に居た。これがこの人のスタンドの能力なのかもしれない。わたしがだらしなく寝転がっていたソファーにはDIO様が掛けていて、対面する形でわたしは堅い脚を跨いで座り込んでいる。首の傷がまず視界に入って、ゆっくりと顔を上げていくと、表情のない顔が見えた。咄嗟に体を後ろに引くが、無駄な抵抗でしかなく、腰を固定された挙げ句に顎を捕まれて上を向かされたわたしに逃げ場はなかった。けれども徐々に近付いてくる顔に恐怖はなく、ただ黙って目を閉じた。DIO様の好きにすれば良い。恐らくわたしは、彼のためなら自分の望みを棄てることだって受け入れられるだろう。

しかしわたしの覚悟に反して、触れた唇から血の味がすることはなく、口を抉じ開けられることすらなかった。ただ何度も何度も唇を食むようにキスを繰り返す。其処には傲岸不遜の悪の救世主などいなくて、何かにすがろうとする一人の人間のようにしか感じられなかった。それがとても寂しくて、同時に彼がとても此方側に近寄ってきたようで嬉しくも思えた。

「DIO様にとって、わたしは必要ですか?」

揺らめいた瞳にはわたしが映っている。硝子玉みたいに透き通っていて、鮮やかな虹彩が際立って美しく見える。吸い込まれそうな錯覚をして、慌てて瞬きを繰り返した。

「必要だと言ったらどうする?」
「本当にずうっと傍に置いて貰えるなら、多少の不便さは我慢しようかな、なんて」
「お前こそ、あまりわたしを期待させるな」
「どうしてですか?」
「歯止めが効かなくなる」

ああそれは大変だなあ、と頭の奥で納得していると、艶やかな金色の髪がわたしの頬と首筋を撫でた。驚きとくすぐったさに身を捩ると、襟元を引っ張られて、首から肩に掛けて舐められた。やばい吸われる、と固まるわたしを他所に、DIO様はわたしの耳元で小さく笑い出した。

「覚悟など出来ていないではないか」

その通りだった。これだからわたしはヴァニラに散々馬鹿にされるのだろう。DIO様の側近の癖に警戒心丸出しの態度しか取れないないし、これでずっと傍に置いてほしいだなんて、図々しいにも程がある。悔しくなって唇を噛みしめると、ソファーの上に放り出された。高級品のふかふかさのお陰で外傷はないが、部屋から出て行くDIO様に、心臓がずきずきと痛みだした。本当は、仕事をサボりたい訳でも快適な部屋にいたい訳でもなく、彼を独占したくてこの部屋にいるのに。

「精々、今の内に昼を満喫しておくんだな」

太陽すら儚く感じさせるなんて神様みたいだ、なんて安易で陳腐な結論を追いやるように、わたしは再びソファーに横になって、そして目を閉じた。吸血鬼になったら、世の中の全てにもののあはれを感じるようになるのだなあ。それも良いかもしれない。途端に記憶から蘇った遥か故郷に忘れてきた夏を想った。瞼の裏に色とりどり花火が焼き付いていて、これなら夜でも楽しめるな、とDIO様とわたしと他のみんなでスーパーで売ってるような花火を庭で楽しむことに思いを馳せた。最初は遠くで冷めたような目で見てるのに、途中から乱入して来るに決まってる。あの人はみんなが誉め称える程出来た人ではないのだ。本当は神様なんかじゃない。しかし、わたし達にとっての絶対的な存在がわたしに執着していることも、寂しがり屋であることも、知っているのはわたしだけで良い。この先わたしが不老不死を得て、いつか太陽に別たれたとしても、わたしも彼に執着しているに違いない。






Sunny Side , Your Side , Suicide





(090818)