それ、僕への当て付け?と向かい合って座るくるくるした髪の男が唇を尖らせる。耳にぶら下がった変わった形のピアスがゆらゆらと揺れている。その視線はあたしの手元にある一切れのチェリーパイとシロップ漬けのさくらんぼが沈んだソーダフロートに向いていた。そうだ、もちろん当て付けだ。

「食べられなくて残念だね」

あまり口を動かさないように小声で言うと、目の前の男がぶつぶつと文句を並べ始めた。無視に限る。そしてあたしはいつもよりゆっくり味わって、とても美味しそうに頬張る。何故って、そりゃあ当然、嫌がらせのためである。んまーい。

「あんな男、別れて正解だったでしょ。折角助けてあげたのに、それはないんじゃないかい?」

緑色の学生服がずい、と乗り出してきて、あたしは顔をしかめた。偉そうに何を言う。確かにさっき別れたばかりの元彼は最後の最後で最悪だった。

そもそも今日はデートのはずだったのだ。買い物したりお茶したりしてまったりする予定だった。にも関わらず、こいつは着いてきた。あたしの後ろをひょこひょこ着いてきては、何かと話し掛けてくるのだった。あいつがさっき隣のクラスの派手な子とキスしてたのを見ただとか、由花子を落とす気でいるだとか、由花子に近付くためにあたしと付き合ってるだとか。まあ由花子は康一くんしか見えてないからともかくとして、噂好きの女子高生のように煩いこいつに苛々したのと、元彼の白々しい態度が見えてきて更に腹が立ってきたのと、遠くで仗助と話している憧れの空条承太郎さんが見えて元彼との天と地ほどの差に悲しくなったのと、すれ違ったご近所の露伴先生の馬鹿にしたような目に悔しくなったのと、その他色々なマイナスの感情がごっちゃになって、あたしはその場でプッツンとキレた。ガタガタ言ってんじゃねえよ、と吐き捨てたことに気付いた時にはスデにあたしとあのドグサレ……元彼との間柄は終わっていた。ぽかーんと間抜け面をして突っ立ってるそいつに日本式『くたばりやがれ』のジェスチャーをして、あたしは悠然と立ち去って、カフェ・ドゥ・マゴに来て、一番奥のテーブルに陣取った。まったりも何も出来たもんじゃない。本屋で文庫本でも買ってこれば良かった。しかしながら買ってきた所で、目の前の男に読書を妨害されるのだろう。また苛立ちが収まらなくなってきた。

「あんな男、何にしたって今日の内に別れてたわよ!あたしはあんたなんかに仲介されたことにムカついてんの!」

恨めしそうにあたしとさくらんぼを見ている赤みがかった茶髪の男に言い放つと、思いの外声が大きかったようで、近くの席の人がこっちを見てきた。慌てチェリーパイを口に運ぶ。やれやれ、と言いながら溜め息を吐くこいつに言ってやりたい。やれやれと言いたいのも溜め息を吐きたいのもこっちの方だ。あんたが来てから散々な目に会ってるんだから。

「なんであたしに付きまとうのよ全く」
「そりゃあ、だって、君に幸せになってほしいと思ったからさ」
「鬱陶しい」
「酷いなあ」

酷いと言いながらも穏やかに笑ってるこの男の腹の中は、本当に読めない。杜王町に来たのは承太郎さんがいるからだとか、あたしがやってた新作ゲームが気になったから話し掛けてみただとか、こいつの思考は自分の中で完結しているようで、あたしの理解の範疇を超えている。それに、自分が好物のチェリーを食べられないからって、あたしにまで食べるなと言ってくる。どうにかあたしから引き離せないかと考えてはみるものの、誰かに相談するのも気が引けて、結局ずるずると日にちだけが過ぎてしまった。

「彼氏が欲しいならもっとまともな男でも探しなよ。承太郎はやめた方が良いけど」
「別に。ちょっと仲良くて告られたから付き合ってただけだし。あたしは由花子の康一くんとのノロケ話で充分。それでもって承太郎さんはただの憧れ」
「うんうん、やっぱりそれが良いよ。僕は君のノロケ話よりゲームの話を聞きたいから」
「このゲーオタがッ!」

でもまあしかし、こいつとマニアックな話に花を咲かせるのも悪くはないと最近少ーし、ほんの少しだけ、思い始めているのである。気の迷いであると思いたい。あたしは由花子とガールズトークしたり、仗助や億泰とどうでも良いことで盛り上がって騒ぐ方が断然好きなのだ。ちなみに康一くんを含めないのはもちろん由花子が怖いからである。

「とにもかくにも、また変な男だったら、僕が追い払ってあげるから安心してね」

なんて微笑まれても、今日みたいなのはものすごくご遠慮願いたい。ありがた迷惑というものを知らないのか。

「早くそれ食べ終えた方が良いよ」
「うるさい。人の食べる速さに口出ししない」
「そろそろ君、独り言が多い子だと思われるんじゃないか?」

まずい、声量がだんだん大きくなっていたことに気付かなかった。ドゥ・マゴはよく来るお店だから、変なイメージを付けられて覚えられるのはご免だ。ああもう、こいつのせいだ。こいつが話し掛けてくるからだ。

「さっさと帰ってゲームの続きやるよ、典明」

ソーダフロートを飲み干して、財布からお札を出しながらレジへ向かう。それなりに目立つ容姿をしているけれど、あたしの後ろをひょこひょこついてくる男の方を見る人は誰もいなかった。

「どうしてあたしにしか見えないのかしら」
「僕は君が見えてくれるだけで嬉しいよ」
「あっそ」

十年前に死んだという高校生に付きまとわれてるあたしの気苦労は未だ終わりが見えない。やれやれ。






(090821)