岸辺露伴がインスタントの夕食を用意しようと台所を漁っていた所、インターホンが鳴り、迷惑そうな顔で足早に玄関まで行くと、少しだけドアを開けた。外から彼の名を呼んだのが見知った女子高生だと分かり、彼はすぐにドアを閉じた。それはもう嫌そうに思いっきり閉じた。そしてすぐにドア越しに名前を連呼されるのを聞いて、勢い良くドアを開ける。其処には浴衣姿のがビニール袋を手に提げて立っていた。一瞬きょとんとした後、露伴は無愛想に怒鳴りつける。

「近所迷惑だ!僕の名前をそんなに大声で何度も呼ぶんじゃない!」
「だって露伴先生ドア閉めるんだもん!」
「僕は原稿を終えたばかりなんだ!今すぐ帰れ!」
「えー!お土産買ってきたのに!」
「土産だけは受け取ってやる。帰れ」
「やですよ、先生の家からならゆっくり花火見れそうだから来たのに」
「花火なんか自分の家からでも見れるだろ!」
「隣のマンションが壁になってて見れないんですう!」
「僕には関係ないね!祭りに行ったならそのまま見てこれば良いじゃないか!」
「だって今から場所取りに行くのめんどくさいんだもん」
「そもそも誰かと一緒に行ったんじゃないのか?そいつらと見ればいいだろ」
「露伴先生が寂しがってないか心配で仗助と億泰置いてまで折角来たのにひどーい!」
「フン!生憎僕は一人の方が気楽でね!今からさっさとアホの仗助の所にでも戻りたまえ!」
「今から会場に行って会えるとでも思ってるんですか?露伴先生の鬼!」

口喧嘩に終わりをもたらしたのは、「ママーパパーあのおにいちゃんとおねえちゃんなんでけんかしてるのー?」、「こら見ちゃ駄目よ!」という通りすがりの親子の会話だった。ご近所さんに変な目で見られるのは流石に避けたいと思っている露伴は、諦めてを家に入れることにするしかなかった。食事の準備をしようとしていた所で、胃が空腹を訴えようとしていたこともあるのだが。

「焼きそばとー、いか焼きとー、林檎飴!」

岸辺邸の最上階まで上がり、ビニール袋の中身を広げていくを見ながら、露伴はビールを嚥下した。開け放した窓から夜風が入ってきているとはいえ、暑いことに変わりはない。町内会の印刷が入った団扇で扇ぎながら、なんとか涼を取っていた。

「林檎飴はいらないぞ」
「これはわたしのー」
「かき氷も買って来てたら少しは気の利く奴だって見直したんだがな」
「此処に来るまでにシロップ入りの水になってますよ」

正直な所、露伴は別にかき氷を食べたい訳ではない。ただの屁理屈である。露伴にとっては一々口答えしてくる面倒臭い奴ではあったし、間柄は友人と呼ぶには仲が良い訳でもなかったが、別に一緒にいて不快になることもなかった。奇人の域に達しかけている変人であってもそれなりに慕ってくれる数少ない知人ではあるし、嫌味の応報を少しだけ楽しんでいる節があった。

「始まった!」

大きな音を立てて、色とりどりの花火が打ちあがる。露伴はスケッチブックに手を伸ばそうとしたが、やはり手を引っ込めた。と無意味な言葉の応酬をしながら描いても捗らないと思ったし、咲いて散る一瞬を網膜に焼き付けてこその夏の風物詩だ。楽しそうに空を見上げているの横顔にちらちらと視線を送った後、目が合うと誤魔化すように林檎飴を指差した。

「一口よこせよ」
「えー、いらないって言った癖に」
「もしかしたらそのべたべたした林檎が漫画のネタになるかもしれないじゃないか」
「はいはいどーぞ」

嫌々ながら差し出された林檎飴に齧り付く露伴に、は小さく声を漏らした。露伴が何事かと不審そうに片眉を吊り上げると、間接キスと呟いた。それガキだとを鼻で笑い飛ばす露伴にむっとしたは、すぐに林檎飴を手元に戻して齧った。その後沈黙した部屋の中には花火の打ち上げ音だけが響く。高い所から静かに見る花火は乙ではあるが、寧ろ彼らにとっては気不味い空気を打ち消してくれることが有り難かった。露伴がプラスチックのパックを空にした頃、何か企んでいるような笑顔では会話を切り出した。

「来年は露伴先生も一緒にお祭り行きましょうよ」
「嫌だね。僕は仗助や億泰なんかと行きたくないぜ」
「じゃあ二人で行きますか?」
「人が多くなかったら行ってやらなくもないが奢らないぞ」
「素直じゃないなあ。行きたいなら行きたいって素直に言えば良いのに。しかもケチ」
「何を言っているんだ?頭がイカレてるのか?」
「うっわむかつく。露伴先生が行かないなら由花子と行けば良いしー」
「その由花子が康一君と二人で行ってしまったから仗助と億泰と行く羽目になったんじゃないのかい?」
「あー!先生勝手にヘブンズ・ドアーで見たでしょ!」

本当のことを言えば、露伴は読んだだけでなく一言書き込んだのだが、そんなことを自身が知っている筈もない。露伴の手元のスケッチブックには、花火の素描ではなく、浴衣姿の女の子の絵が増えていたのだった。しかしモデルになった記憶は抹消されていたし、スケッチブックをが覗き見ることも終ぞなかった。



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