チョコレート中毒というのがブチャラティがわたしに下した診断である。中毒と言われてもピンと来ない。ただわたしはチョコレートが好きなだけなのだ。その気になれば、というか時々実際にやってのけたのだけれど、一日三食おやつ付きで、チョコレートソースをかけたトーストだとか、チョコチップ入りのスコーンだとか、チョコレートケーキだとか、全てチョコレートで済ませることもある。そこにシビれるあこれるゥなんて言われるはずもなく、アバッキオにあり得ないものを見るような目で見られたり、フーゴに不健康だと叱られたりするが、これといって不調が現れる訳でもない。確かに栄養バランスは悪いけど、毎日毎日そんな食事をしてはいない。チョコレートだけはかかさず頬張っているだけだ。

「今日は何処のだよ」
「BABBI。ピストルズにもあげる」

呆れたようにわたしに話し掛けるミスタに六個の小さな包装を手渡すと、セックス・ピストルズがわらわらと群がり出す。あ、こら、No.2、No.5を押し退けるんじゃない。

「お前、一回病院行った方が良いんじゃねえの?」
「なんでよ」
「あのなあ、お前のチョコ食う量は最早ビョーキにしか見えねえよ」

ピストルズからはミスタに対しての非難があがる。わたしがチョコレートを食べなくなったら、彼らはそのお裾分けが貰えなくなるからだ。何言ッテンダヨミスタ、ハピンピンシテエルゼ!ミスタハチョコ買ッテクレナイジャネエカ!ミスタ、No.2ガ俺ノ分マデ食ッチマッタヨ!ウワァーン!相変わらず賑やかである。

「全く、チョコレートはおやつだけにしたらどうだ」

ブチャラティは呆れたような目付きでわたしの手元を見ている。前々からブチャラティには口煩く注意され続けているが、一向に改善の兆しは見られないというか、あまり改善する気になれない。

「ジョルノもそう思うだろう?」
「ええ、僕もチョコレートは好きですが、もう少し減らすべきじゃないかと…」
「この裏切り者!いっつもわたしのチョコ横から掠め取ってる癖に!」

ジョルノは人当たりの良さそうな笑顔で「君が食べ過ぎるのを防いであげてるんです」なんてさらっと言いやがった。嘘だ。自分がチョコが好きで食べたいからだ。

「よし、家宅捜索だ」
「はあ?」
「必要以上のチョコレートは俺が預かる」
「良いわよまた買うから」
「アバッキオのムーディー・ブルースでリプレイすればすぐ分かる」

そうしてわたしの三月十四日、聖バレンタインデーから一ヶ月経ったその日は幕を開けたのだった。






鉱石を食む






生活感溢れるわたしの部屋に来たブチャラティは、わたしの好きなブランドのショッパーに、家宅捜索の証拠品、もとい愛しのチョコレートたちを詰め込んでいく。当の所持者のわたしはと言うと、ソファーで指をくわえることも出来ずに見守っている。口にはジッパー。一々口答えするわたしに痺れを切らしたのか、おもむろにスティッキィ・フィンガーズの手で唇を塞がれてしまった。一度開けてみたが、口を開け閉めする度にジッパーがジャリジャリして気持ち悪かった。その結果、諦めて大人しくしているしかないと悟った。

あそこの棚の高級品は見付かるかもしれないけど、クローゼットの奥のお気に入りは免れるかも。この状態を予測してなかった訳ではない、絶対に盗られたくないものは、泥棒でもない限り漁らないような場所に仕舞うに限る。ブチャラティが開いた紙袋は三袋目になった。きちんと整理して入れようとする辺り、流石と言わざるを得ない。これがミスタやナランチャ、アバッキオだったら、持ち主の目の前で誘拐されてゆくチョコレートが無事だとは全く思えない。帰ってきた所でぐっちゃぐちゃになっていることだろう。

「そういえばジョルノが言っていたが、日本ではバレンタインデーに女性が男性にチョコレートを送るそうだ。そして今日は男性が女性にお返しをするらしい」

それくらいはチョコ好きのわたしも知っている。高級品や限定品が並ぶデパートに毎年思いを馳せ、今年と同じように自分がイタリアにいることにがっかりするのだ。チョコレート会社の策略だろうとわたしには関係ない。日本人がチョコレート溢れるバレンタインデーを謳歌した後に再び菓子の祭典を満喫していることが怨めしいというだけだ。こっちはチョコを奪われていくというのに!

「時期外れではあるが日本式にこれを配ってみるか?」
「んー!」

言葉に出来ないために唸ってみたが、きっと伝わっているだろう。そんなのごめんだ。ジョルノやナランチャやピストルズに嬉々として食べ尽くされるに違いない。ブチャラティこそ本当のチョコレート中毒になって倒れてしまえば良い。入院でもしてくれれば当分はうるさく言わないだろう。そのためなら紙袋三袋分のチョコ全てを引き渡したって構わない。

「さてと、俺が探せる範囲のチョコレートは全て没収した」
「んんん!」
「まだ隠してるだろ?」

首がもげそうな程横に振って否定したが、その勢いで頭がくらくらした。ブチャラティの顔がわたしの顔面に近付いてきて、冷や汗が垂れた。嫌な予感しかしない。まさかあれをやるつもりじゃあないだろうな、というより行く先があれしか考えられない。

「舐めなくても分かる、隠してるものを今すぐ出すんだ」
「んーッ!」
「没収はしないから、ほら」

分かったからこのジッパーをなんとかしてほしい。その一心で自分の唇を指差すと、わたしをこんな目に合わせている張本人は人当たりの良さそうな、ご近所のおばさま方に可愛がられるような笑顔で手招きした。これはスタンドを解除する気はないとしか見えず、諦めるしかなかった。持ち帰られることも配られることもないのなら、大人しく差し出しても良いだろう。

「んん」
「どうした?」

隠し場所をわざわざ見せる訳にはいかない。わたしはブチャラティの手を引いて、ソファーに座らせた。頭の良いブチャラティならわたしがどうしたいのか言葉にしなくたって理解しているだろうと考えていたが、今日のこの意地の悪さをすっかり忘れていた。ベッドルームに向かおうと立ち上がったのに、ブチャラティに手を引っ張り返されて、細い割に筋肉質な脚の上に尻餅をついてしまった。最近、チョコレートのせいだとは思いたくないが、ちょっと脂肪分が増えてしまっているように思っていたので、殊更恥ずかしい。すぐに逃げようとじたばたもがいてみたが、腰に片腕を回されて抱き寄せられてしまった。腰回りも近頃ぷにぷにしてしまっているし、本当に触られては困る。

「んーッ!?」

このままでは埒が明かないと諦めて、唇を塞ぐジッパーを開ける。急に口の中に空気が入ってきて不快だ。口を開閉してみると、やっぱりジャリジャリしてて気持ち悪い。金属音混じりにブチャラティを罵ると、「女性がそんな言葉を使うもんじゃない」と頭を叩かれた。それじゃあブチャラティだってセクハラするなよ、と喉元までせりあがって来たが、唇の不快感を味わうのが嫌だから黙って唇を指差した。ブチャラティの小さな溜め息と共に、金属の冷たさが消えた。

「ブチャラティ怒ってる?機嫌悪いの?」
「俺だって聞き分けの悪い部下に呆れることくらいあるさ」
「それは悪かったわね。わたしだって口にジッパーなんか付けられたら呆れて言葉も出ないけど」
「冗談だ。不貞腐れるな」

わたしの頭を叩いた手で猫でも構うように撫でるものだから、わたしも怒る気力が失せてしまった。つくづくブチャラティは飴と鞭の使い分けを心得ている。大人ってずるい。

「俺がお前にとってチョコレート以下だと思われているんじゃないかと不安だったんだ」
「別に。食べ物と人間をどうやって比べろって言うのよ」

不機嫌さを露にした声音で返すと、ぎゅうっと子供をあやすように両腕で抱き締められて、つむじにキスされた。わたしはブチャラティの娘じゃないのに!三つしか年も変わらないのに!部下と子供を混同しているに違いない。

「大人は分かってくれない」
「そういえばこの間、星の王子様を読んでいたな」
「象を呑み込んだ蛇の絵を帽子だって言うし、チョコレートが好きなのがどうしてなのかも教えなきゃ気付いてくれなさそうだし、もう十七なのにいつまでも子供扱いするんだもの」
「そうか?ナランチャに比べたら大人に見えるが…」
「わたしだってジョルノよりガキに見られてるって分かってる!」
「大人になりたいと言うなら自己管理くらい出来るようになったらどうだ?」

チョコレートばっかりで偏食生活で人の言うことをろくに聞かないから同等に扱われないことは分かっている。ブチャラティに構われるのは嬉しいし、それなら尚更チョコレート中毒をいなければならないと考えてしまう辺りも子供の思考だと気付いている。

「それで?何故チョコレートがそんなに好きなんだ」
「やっぱり分かってない!ブチャラティの馬鹿!」
「もしかして、昔俺がを拾った時ににチョコレートをあげたからなのか?」
「そうよ!」

今更理解したって遅いと言いたいが、それで口論するのも叱られるのも嫌なので、ブチャラティの力が緩んだ隙に両腕から飛び出す。ベッドルームに駆け込んで、クローゼットの奥に詰め込んだ板チョコを抱えて、リビングでブチャラティの前に戻る。かくんと緩く首を傾げたブチャラティの切り揃えられた髪が揺れた。もしかしたらブチャラティは覚えてくれているのかもしれないと期待していたが、口元を抑えてじっとわたしの腕の中を見つめる姿を見て不安になった。

「FerreroのKinder Cioccolato」
「子供だって笑えば良いわ」
「笑わないさ。俺が君に初めてあげたものだろう?」

スティッキィ・フィンガーズがチョコレートの包みを一つ取って、それがブチャラティの手の中に納まる。何処のスーパーマーケットのレジにもある子供向けのミルク入りチョコレートを口に運んで、ブチャラティは満足げに微笑んだ。

「いつ食べても甘いな」
「でも世界でいちばんおいしいチョコレートだわ」
「それなら尚更これを取り上げられないな」

食べ過ぎなければ、と付け加えるブチャラティの膝に、抱え込んだチョコレートを全てばらばらと落とす。呆気に取られたような間抜け面を珍しく見ることが出来たのだから惜しくはない。だけどそれを気取られるのは嫌なので、ジョルノみたいにつんと澄ましておく。

「じゃあ毎日必要な分をブチャラティがわたしにくれれば良いじゃないの」
「そうか、その手があったな。これは明日以降の分と預かっておく」

午前中に始まったチョコレート戦争は、昼食を摂るタイミングを逃したまま午後に終戦を迎えた。ブチャラティの隣にクッションを抱き締めながら腰掛けると、頭を撫でられつつも念を押された。

「ただしチョコレートは一日に三つまでだ。分かったな?」
「…はあい」

「良い子だ」と柔らかに微笑して頬にキスしたブチャラティにわたしは不満をぶつけたが、これでも大人のレディとして扱っているのだと筋道が立っているにも関わらずよく分からない弁明されて、一般と何処かずれた思考回路を持ったブチャラティに対しては納得するしかなかった。大人のレディに毎日Kinder Cioccolatoを与えるってのはどうなのかしら。トリッシュに愚痴ってやる。



(100314)