プロシュート兄貴はあたしをべたべたに甘やかす。それはもう、煮詰めたキャラメルソースがたっぷりかかったカスタードプリンに更にチョコレートソースをべったり浸して、その上に生クリームとストロベリーソースと砂糖漬けのチェリーをトッピングして、しかもジェラートを数種類添えたくらい甘い。ちなみにあたしはキャラメルソースかチョコレートソースのどちらかにしてくれれば胸焼けはするけど食べられる。しかし迂濶にもそんなことを兄貴の前で言ったりなんかしてしまったら、本当に特大プリン・ア・ラ・モード、ジェラート添えを用意されてしまう。食べきれなくて誰かにあげようものなら、食べさせた人がよぼよぼのお爺ちゃんになってしまうに違いない。但しホワイトアルバムで防げるギアッチョは除く。あ、でも、兄貴だって流石にリーダーにもそんな命知らずなことしないかも。

兄貴はリーダーよりはちょっと若いけど、あたしより一回りも年上である。普段あたしの面倒を見てくれてるホルマジオも兄貴と同じくらいだ。そしてあたしはチームでもガキの方だから、娘とか年が離れた妹とかそんな風に見られているのかもしれない。それにしたって、甘やかしすぎである。リーダーだってホルマジオだって、会う度にぬいぐるみとかアクセサリーとか買ってきたりしないもん。それに暇さえあれば買い物に連れてってくれる上に、ショッパーで兄貴の両手が一杯になる位、服や雑貨や何やかんやを沢山買ってくれる、というか買われてしまう。あたしが選ばないと勝手に大量にレジに持ってくのだ。こんなにあっても着れないと言っても、「その内着るかもしれないじゃねーか」で一蹴される。お買い物の後はバールに行く。あたしがドルチェやパフェを頬張ってるのを見ながら、優雅に、それこそ俳優みたいに、コーヒーを飲んでいるのである。

兄貴は厳しいが面倒見が良い。よく叱られている兄貴の弟分であるペッシに、兄貴があたしを必要以上に甘やかすことを相談すると羨ましがられるが、あたしもたまには厳しく叱られるくらいになりたい。仕事で失敗したら頭を撫でられて抱き締められて、良い匂いにくらくらしてしまう。兄貴曰く、叱るのはホルマジオの役目だそうだ。ソルベとジェラートに相談すると、あのプロシュート兄貴に可愛がられてるなんてよっぽどのことだと諭されるし、メローネは見当違いの変態発言をかましてくる。イルーゾォは迷惑そうな顔をしてはいるけど、出掛けたくなくて兄貴から逃げたい時には鏡の中に匿ってくれる。ギアッチョは毎回話の何処かでキレる。

兄貴は頭も勘も良い。一を聞けば十を理解する。あたしが「メローネが」と言えば、続きの「仮眠してたら添い寝してきて気持ち悪い」を言わなくてもシメに行ってくれる。「ギアッチョに」と言えば、殴られた頭を押さえたあたしを見て眉間に皺を寄せながら、キレて喚くギアッチョを宥めに行く。これは本当に助かるとリーダーも喜んでいる。

兄貴はとても格好良い。控え目に言ってもミケランジェロの彫刻くらい格好良くて美しい。顔立ちが綺麗で睫毛は長くて肌もつやつや、背が高くて筋肉も程よく付いてるし、身形も常に整えられている。給料の少なさを嘆いている暗殺チームにいるのに、何処からかざくざく稼いできて、見るからに仕立ての良いスーツをいつも着ている。「あれは女だな」とメローネはにやつきを隠そうともせずに言っていたが、兄貴ともなれば貢がせるくらい朝飯前だろう。それに見た目だけじゃない。兄貴と呼ばれるのが当然であるくらい面倒見の良い。ホルマジオ曰く、女を口説いたら負け知らず。やっぱり兄貴はすげえや。






The Earth of Chocolate Mint


is on The Corn






「何考えてんだよ」

兄貴が作ってくれたパエリアを口に運びながら、目の前で同じようにパエリアを食べてる兄貴のことをずっと考えていた。兄貴は料理も上手いし家事も出来るし、怒ると怖いこととギアッチョ程じゃなくても結構短期なこととあたしに甘いことくらいしか欠点が思い浮かばない。

「兄貴があたしを甘やかしすぎてることについて」

視線を逸らしてパエリアに固定する。そう言った所で明日から兄貴があたしに何も買ったりしなくなる訳ではないのを知っているからだ。

「何処がだ」
「自覚ないの?」
「可愛がっちゃいるつもりだけど、甘やかしてるつもりはねえな」
「タチ悪い」
「さっさと食え。出掛けるぜ」
「またあ?」
「臨時収入が入ったから使いてえんだよ」
「みんなでご飯行けば良いじゃん」
「それでも余る」
「貯金」
「金はさっさと使い切るに限る」
「ホルマジオの酒代」
「ああ!?なんで俺が」
「リーダーに靴下買ってあげる」
「アイツはしょっちゅう拾ってくる猫の餌代に金掛けてるだけだから俺が買ってやる義理はねえ」
「リーダーの猫ってこないだ連れてきた白い子だけじゃなかったんだ…」

ちなみにその猫はギアッチョのホワイトアルバムに似ていた。それを指摘したら、リーダーが猫をギアッチョと呼んでいることを告白した。その場にギアッチョ本人がいなくて本当に良かったと思っている。

「ほら、俺が皿洗いする間に支度してこい」
「皿洗いくらいあたしがする」
「良いから済ませてこいよ」
「はあい」

あたしがスプーンを皿に置いた途端に台所に運んで行く。手際が良すぎてあたしが仕事をぶん取ることなんて出来やしない。兄貴は完璧すぎるんだよなあ。あのリーダーですらパソコンがフリーズした時に一緒にフリーズしたり、事務作業をしてるように見せ掛けてシエスタしてたりするのに、兄貴がドジった所なんて滅多に見たことない。大分前に、掃除してたらメローネのエロ本が頭上の棚から崩れてきて、避けたらちっちゃくなってたホルマジオを踏みかけて、咄嗟に足をずらしたらよろめいてコケて、ソファーから立ち上がったソルベにタイミングが良くも悪くも頭突きしてしまったことは覚えてるんだけど。真っ赤になった額を押さえてメローネとホルマジオに怒鳴り散らしていた兄貴としゃがみこんで悶絶していたソルベに、ペッシとギアッチョとイルーゾォとジェラートとあたしで氷と湿布を用意してあげた。リーダーは俯いて肩を震わせていたが、それを見て兄貴の怒りの矛先はリーダーに向かったのだった。数少ない兄貴の不運を目の当たりにした体験である。




平日の繁華街は歩きやすい。日にちを間違えるとごった返す人の波に流されてしまう。混雑した道の中、兄貴に手を繋がれるのも恥ずかしいから、すいている日は心からほっとする。買い物の後なんて尚更だ。兄貴に買い与えられたおっきな熊のぬいぐるみを片手に抱えて兄貴と手を繋いで歩くなんて、十代も後半に差し掛かったわたしには恥ずかしすぎた。妹ポジションに落ち着けていることは美味しいと思うんだけど。

「今日は何処行くの?」
「何処に行きたいんだ?」
「別に。どっこも」
「あのなあ、新作のバッグが欲しいとか、服が増えたから新しい棚が欲しいとか、なんかあんだろ?」
「バッグならちょっと前に買ってくれたし、棚は増えてないけどソルベとジェラートにハンガーのラックを増設して貰ったから、今日はなんにもいらない」

あたしは兄貴にそんなに世話を焼かれなくたってやってけるのよ、なんて此処でツンと澄まして言ってみたい所だけれど、それをやってみた所で兄貴が変わるとは思えない。皆で呑みに一回行っても余るなら使いきるまで何回も行けば良い、というのも正論だろうけれど、実際問題、全員の予定を何回も合わせている内に、兄貴のアルマーニの財布はまた潤ってしまうに違いない。

「我が儘くらいたまには言ったらどうだ?」
「もう子供じゃないわ」
「我が儘っつーのは子供だけじゃなくて女の特権でもあんだよ」
「ふうん」

どんな理屈だ、と云いたくなるのを喉の奥に飲み込み、黙って兄貴の顔を見上げる。我が儘を言えと言われたって、言わずとも勝手に世話を焼いてくれるのだから、言う必要性を感じないのだ。

「まあそれに、俺ぁ男を振り回す位の女が好きだしな」
「……それってつまりヒカルゲンジ?」
「何だそれ」
「ジャッポーネの文学に出てくる、幼女を自分好みに育ててく男」
「ロリコンか?」
「違うんじゃない?」

そうして「自分好みな」と唇を歪めて呟く兄貴を見て、わたしは自分の失言に気が付いた。これじゃあ兄貴に好かれてるなんて勘違いしてるみたいじゃないか。火照りだした顔を見せたくなくて、すぐに顔を背けた。しかしわたしのそんな行動は想定済みだとでも言うように、兄貴はあたしの頭を掴んで無理矢理首を回した。い、痛い!ゴキってなった!

「分かってんなら丁度良い。あと二三年で良い女にしてやっから覚悟しとけ」
「はあ!?」

首を擦りながら、きっと兄貴を軽く睨むと、「ガラが悪い」とたしなめられた。ギャングなんだからガラが悪いのはご愛敬だ。状況を把握しきれずに取り残されたような気分になって、聞こえるようにため息を吐いた。これがメローネだったら蹴り飛ばすのに、兄貴だと本気なのか判別できないのが困る。多分此処で「冗談?」と訊き直して、冗談じゃなかったりしたら、兄貴は扱いにくいくらい不機嫌になるだろう。あたしは物差しでもリトマス紙でもないから、兄貴の本心を計ることは出来そうにない。

「兄貴」
「お前、俺の舎弟でもねえんだからいい加減その呼び方止めろ」
「…プロシュート」
「おう」
「本当にその気があるのなら、貢がせるのも大概にしといて」
「まあ、程ほどにはな」
「あとそれから、ドルチェとジェラートお持ち帰りでシエスタに付き合って」

ご要望通り、自分の希望を言ってみれば、兄貴もといプロシュートは目を細めて綺麗に笑った。この人は一々格好良いから手に負えない。顔を見ないでそっと手を握ると、長い脚の歩幅を縮めて、あたしの速度に合わせて歩いてくれた。プロシュートに貢いでる女たちが恨めしく疎ましく感じられたのは初めてだった。





(091008)