雨の日はジョニィは殊更外出したがらない。車椅子を操縦するために傘は差せないし、水溜まりを通って汚れるのも嫌い。悪天候のせいで予定を変えざるを得なくなると、臍を曲げて取り付くしまもない。放置するに限るのだけれど。どうしても出掛けなければならない日は、ジョニィが傘を差してわたしが後ろから押す。しかしわたしだって常にジョニィと一緒にいられる訳じゃない。それで一日の計画が白紙に戻ると、いつも以上に我が儘になる。

「今日は一日家にいるの?」
「うん」
「じゃあわたし、行くね」

とそんな会話をした時は確かに晴れていた。わたしだって傘を持って行かなかった。昼過ぎにもまだ風はあるものの晴れていた。なのに、夕方になって急に空が灰色になって、途端に降り出した。風も強くなった。ジョニィは大人しく家にいるだろうか。自分が雨に濡れて帰ることより、彼が外出していないことを考えていたし、自分が傘を買うことより、彼の楽しみのうちの賄いのケーキを水浸しにしないように持ち帰る方法について悩んでいた。

「ね、あの子、あんたんちの子でしょ?」

同僚が窓を見ながら、テーブルを拭いているわたし言った。わたしは其処でようやく外で背中を向けて待っているジョニィに気が付いた。ちらちらと店内を伺いながら、何でもないといった顔をしているのに、帽子も肩もびっしょり濡れて色が変わっている。傘が膝の上に乗っているのが見える。差さないで来たのだろうか。

「ジョニィ!」

慌てて外に出てみれば、しかめっ面の金髪が一人。ひたひたの帽子の雨水を搾りながら、わたしを見上げた。不機嫌そうというか、不機嫌に違いない。

「風邪引くよ!中おいで!」
「濡れてるから良い」

言い出したら他の意見なんか聞かないのがジョニィである。此処で押し問答を始めたって無駄だろう。ジョニィを少し待たせて、急いで店長に早上がりさせて貰う。着替えて、ついでにタオルを借りて行こうと引き出しを探っていると、重みのある白い箱を渡された。お礼を言って、同僚に挨拶して勢い良く飛び出す。

「ジョニィ、わたし押すからケーキ持って」

大人しく頷いたジョニィは膝に真新しい箱とよれよれになった帽子を乗せている。頭を拭って、肩にタオルを掛ける。そうして黒くて大きい蝙蝠傘を開きながら、周囲を見渡した。雨脚は少し弱まってきているようだ。不意に傘が手元から消えたと思ったら、ジョニィがわたし収まるように差してくれていた。わたしはゆっくり足を進める。

が傘を持ってかなかったから、届けに来たんだ」
「ありがとう」
「それに、いつまでも一人で雨の日に出掛けられないのも格好悪いじゃないか」






浸水するこどもたち








次の日、ジョニィの部屋から咳き込む音が聞こえて、わたしは飛び起きた。ノックもしないで咄嗟にドアを開けると、涙目になって鼻を啜りながらうめいているジョニィが布団から顔を覗かせていた。昨日はすぐにお風呂に連れてったし、ご飯も暖かいものにした。しかしながら風邪を引いたようだった。額に触れたら熱かった。

「寒い!喉痛い!お腹すいた!」
「食欲はあるのね。朝ごはんと薬用意するから待ってて」

今日のジョニィを布団から出すのも車椅子に乗せるのも無理そうだと判断して、ベッドでも食べられそうなフルーツとスープを用意する。昨日は髪もしっかり拭いたし、夜更かしさせなかったのになあ。迎えに来てもらうようなことをした自分に苛立った。駄目だ、悔やむ暇があるなら看病だ。首を振って、嫌な思考回路を振り払い、食事に風邪薬と水も付けて再びジョニィの部屋に行くと、遅いと怒られた。スープに少し時間がかかってしまったのだ。

「今日は一日寝てること」
は仕事行くの?」
「休むよ」
「ほんと?」
「ほら、食べたら寝る」

食器を下げて濡れたタオルを持って行ったら、ジョニィは仰向けになっていた。前髪をどけてタオルで冷やすと、べたべたして気持ち悪いと唇を尖らせた。氷枕を提案したら、あんなに固くて冷たいのを乗せたら頭が痛くなると更に嫌がった。

、寒い」
「毛布も持ってくる?」
「いらない。こっち来て」
「なあに?」

柔らかな金髪を撫でてやると、直ぐ様腕を掴まれて、そのままベッドに引き摺り込まれた。下半身が動かせない分、ジョニィの上半身は筋肉がしっかり付いている。そんな力に引っ張られてわたしが動かない訳がない。奇声に近い悲鳴と共に、わたしはジョニィにのし掛かってしまった。

「重いんだけど!」
「自分が引っ張ったんでしょ馬鹿!」
「ああもう、早く僕の上から退いてよ!」
「分かったから手離しなさい!」
「それはいやだ!」
「はあ?」
「寒いからに抱き枕になってもらおうと思ったんだ!」

ジョニィは顔を真っ赤にして、わたしをベッドの隅に避けて、布団を被せて抱き付いた。あまりの急展開に逃げる暇もない。

「何してんの!?」
「僕は寝るから起こさないでよ」
「職場に連絡してないんだけど!無断欠勤はやばいって!」
「うるさいなあ、僕は病人なんだから静かにしてくれる?」

仕方がない、ジョニィの風邪が治るまでは我が儘を聞いてあげよう。移されたらジョニィにまた移し返してやれば良い、と思ったけど、延々とこれが続くのは嫌だから、わたしは体調管理をしっかりしよう。ぎゅっと目を閉じたジョニィはこっちを向いてて、タオルが落ちている。乗せられない。床に放っておけば良いか。

「ジョニィ、」
「本当は、こうやって風邪引きたくて、傘差さないで行ったんだ」
「うん?」
に構ってほしかったからだよ」

それっきり、ジョニィは喋らなかった。その代わり、ぎゅうぎゅうとわたしを抱き締める。触れ合った爪先が殊の外冷たくてびっくりした。そう言えば、退院してすぐのジョニィを拾ったばっかりの頃に比べれば、スキンシップは確実に減っている。寂しがりの癖に強がりのジョニィは我慢してたのだろう。それにしても、甘え下手だからって無理をして風邪まで引いてしまうなんて。

「おやすみなさい」

ジョニィの寝息が聞こえてきた。二度寝もたまには悪くない。後でジョニィの好きなものをたくさん作ってあげよう。体温の高い胸に顔を埋めて、わたしはジョニィの鼓動を聞くことにした。





(091108)