時々、世界に巧く馴染めていない気がするんだ。彼女は言う。僕は少し戸惑いながらも、彼女を後ろからそっと抱き締めるのだった。我ながら陳腐だと思う。安っぽくてありふれてる行動。普段ならもっと割り切った事が出来るのだが、彼女に対しては後込みしてしまう。失敗したくないのだ。まあ、詰まりは彼女に嫌われたりつまらない男だと思われなくないという事なのだが、反って裏目に出ている。馬鹿だ。先輩よりはマシだけど馬鹿だ、僕。なんだかなー、不甲斐ない。遊び慣れてると思われたくはないけど(だって本気だし)、女性の扱いは得意であるつもりだ。嘘を吐くのも巧いけど、後で彼女が哀しんだりするのは嫌だ。

「良太郎くん、」
ちゃん、今日は君が世界に出てきた日なんだよ。だからそんなに哀しい事言わないで。」

君と僕の世界にだけでも馴染んで欲しいな、と耳許で小さく囁くと、彼女は頬を紅潮させて、それでも誤魔化すように星々を見上げた。冬は未だ到来していないが、午前零時を回ったベランダは夜風に晒されていて、彼女の肌や髪を冷やしていった。今ので顔は熱くなったんだろうなあ。手刷りに置かれた両手に僕の手を重ねる。

「そろそろ中に入ろうか。風邪をひいてしまう。」
「もう少し。」

首を横に振って、星が散りばめられた黒い天鵞絨を見上げ続ける。星に嫉妬する だなんて馬鹿な真似はしないけど、何がそんなにも彼女を惹き付けているのか至 極気になって、訊いてみた。星、好きなの?

「昨日までは特別好きな訳でもなかったんだけど、今日になって、少しだけ。」

彼女の頭が僕の肩に触れた。ああ、そんなに上ばかり見てたら首が痛くなっちゃうよ。その時は僕がマッサージしてあげよう。新婚みたいで良いな、こういうのも。

「人って死んだら星になるのかもしれない。」

いとも深刻そうに言うので、僕は自らを心中で叱責した。彼女にとっては微笑ましい想像(寧ろ妄想)は今は必要としていないのだった。あーあ、これじゃあ僕、先輩と同等じゃあないか。

「今日も新しい星が生まれて、新しい人間が生まれるんだよ、多分。」
「十何年前のちゃんの様に。」
「うん。」

そう説かれると、急に夜空を見上げるのが高尚な行為に思えてきて、とても嬉しくなった。嘘吐きをも幸せにしてしまう女の子なのだ。僕が本当に好きになって恋してるだなんて、まだ誰にも知られたくない。信用されないのは目に見えてるし、運が悪ければ(これこそ良太郎の如く)、彼女を諭しに来るだろう。それだけは勘弁。

「野上くんのお姉さんの婚約者さんも、星が好きなんだっけ。」

え、と戸惑いが唇から漏れると、彼女は軽やかな笑い声を溢す。しまった、良太郎の知り合いだったか。そう言えば同い年だ。彼女の方が一枚上手だったのだ。

「ね、良太郎くん。君は本当は誰?」

ウラタロス、ってダサい名前だよね。名乗りたくないなあ。でも、僕はやっぱり嬉しい侭なのだ。ほら、良太郎のお姉さんとか、僕が憑いてても分かってないみたいだけど(リュウタは論外だ)、彼女は僕に気が付いてくれてたのだ。名前なんて所詮記号なのにね。

「君が恋しくてたまらないから、良太郎の体を借りてるんだ。」

今日だけは何があっても、と加えると、彼女は僕の手の下から自分の手をするりと抜いて、体を回転させて、僕に抱き着いた。今日は彼女の誕生日なのに、僕の方が沢山幸せにして貰ってるかもしれない。






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